
自分が本当は何をしたいのか、わからないんです。調べれば調べるほど、みんなの意見に流されて、自分の考えがどこにあるのかが見えなくなっていきます。
自分がわからなくなるのは、考えていないからではありません。考える前に、他人の言葉が入りすぎているからです。
あなたはスマホを置いたあと、なぜか気持ちが重くなっていることはないでしょうか。誰かに何かを言われたわけでもないのに、自分だけが遅れている気がして、焦りだけが残る。私も副業を始めたころ、まったく同じ状態でした。情報を集めているつもりで、実は自分の本音を上書きし続けていたんです。
この記事では、SNSを見ている時間ほど自己理解が遠のいていく仕組みからお話しします。そのうえで、私が実際にSNSを開くのをやめてみて何が見えたのか、情報を減らすとなぜ思考に余白が生まれるのか、そしてSNSをやめずに付き合い方だけを変える具体的な手順まで、全部話します。
この記事でわかること
- SNSを見るほど自分の本音が見えなくなる仕組み
- 情報を減らしたときに実際に起きる思考の変化
- SNSをやめずに自己理解を深めるための具体的な手順
SNSを見ている時間ほど、自分のことがわからなくなっていく
まず、はっきりさせておきたいことがあります。自己理解が進まない原因は、自分と向き合う時間が足りないことではありません。向き合う時間はあるのに、そこに他人の声が同居しているからです。
私たちは一日に何度もスマホを開きます。開けばそこに、誰かの結果、誰かの意見、誰かの正解が並んでいます。それを見ているとき、頭は動いています。動いてはいるのですが、動かしているのは自分の思考ではなく、他人の投稿への反応です。うなずいたり、焦ったり、比べたり。反応しているだけの時間を、私たちは考えている時間だと勘違いしてしまうんです。
自己理解とは?
自分の性格を分析することではありません。「自分は何にうれしくなり、何に嫌な気持ちになり、何を大事にしたいのか」を、自分の言葉で言えるようになることです。他人の言葉を借りているうちは、どれだけ分析しても自己理解にはなりません。
一度、こう考えてみてください。今日一日のうち、あなたが自分の言葉で何かを考えていた時間は、どれくらいあったでしょうか。ニュースを読んだ時間でも、誰かの意見にうなずいた時間でもなく、誰の言葉も混ざっていない状態で考えた時間です。ほとんどの人は、思い出そうとすると詰まります。私も最初にこの問いを自分に向けたとき、まともに答えられませんでした。
もうひとつ厄介なのは、情報を浴びている時間ほど「自分は学んでいる」という手応えが残ることです。何も残っていないのに、頭は疲れている。この疲労が、考えた証拠のように感じられてしまう。だから多くの人は、自己理解が進まない原因を「まだ情報が足りないから」だと結論づけて、さらに検索してしまうんです。
だから自己理解には、情報を足す作業ではなく、減らす作業が要ります。答えは外にないからです。もともと自分の中にあるものが、他人の声にかき消されて聞こえなくなっているだけなんです。
副業を始めたころ、私はSNSを開くのをやめた
ここからは私自身の話をさせてください。
ペンションを続けながら副業を始めたころ、私は毎日のようにSNSを眺めていました。同じように発信している人、もう結果を出している人、これから伸びそうな手法を語っている人。学ぶつもりで見ていたはずが、いつのまにか自分の現在地を確かめる道具になっていました。今日はあの人が伸びていた、自分は何も進んでいない。そんな採点を、毎晩無自覚に繰り返していたんです。
📝 WAKAの体験談
ある夜、また誰かの投稿を見て気持ちが沈んでいる自分に気づいて、さすがにこれはおかしいと思いました。学ぶために見ているはずなのに、見終わったあと必ず手が止まっている。それで、一度だけ試すつもりでアプリをホーム画面から外しました。やめると決めたわけではなく、開きにくくしただけです。
最初の三日間は、正直そわそわしました。何か大事な情報を逃している気がして、意味もなくスマホを触ってしまう。それが一週間を過ぎたころ、ふっと静かになったんです。
そのとき私に返ってきたのは、新しい知識ではありませんでした。「そもそも自分は何がやりたくて、これを始めたんだったか」という、ずっと後回しにしていた問いのほうでした。情報を止めた瞬間に、いちばん最初の動機が戻ってきたんです。
補足しておくと、副業を始めた当初の私は、誰からも評価されない時間の中にいました。書いても読まれない、出しても反応がない。ペンションの仕事は目の前にお客さんがいて、よかったかどうかがその場でわかります。副業はそれがまったくない世界でした。だからこそ私は、SNSの数字を自分の評価の代わりに使っていたんだと思います。誰も採点してくれないから、他人の数字を借りてきて、自分に点をつけていたんです。
そして岐阜の山奥という場所も、この話には関係していました。まわりに人が少なく、放っておけば静かな環境です。それなのに私の頭の中だけが、いつも人でいっぱいでした。環境を静かにしても、情報の入り口が開いていれば頭は静かにならない。これは実際に住んでみて初めてわかったことでした。



私が取り戻したのは時間ではなく、自分に問いかける余裕でした。あの一週間がなければ、たぶんずっと他人の速度で走り続けていたと思います。
断って最初に来たのは「暇」ではなく「静けさ」だった
SNSをやめると聞くと、多くの人は「時間が空いて暇になる」と想像します。私もそう思っていました。実際に起きたのは、まったく別のことでした。
空いたのは時間ではなく、頭の中の場所です。それまで私の思考は、他人の投稿の残像でいっぱいでした。誰かの成功、誰かの言い回し、誰かの焦り。それらが消えたとき、初めて自分の考えが浮かんでくるスペースができたんです。
SNSを見ていた時期
他人の結果が基準になる。自分の現在地を毎日採点し、焦りだけが積み上がっていく
SNSを止めた時期
自分の感覚が基準に戻る。何が心地よくて何が嫌かを、自分の言葉で判断できるようになる
正直に書いておくと、静けさが訪れて最初に浮かんできたのは、心地よさではありませんでした。不安のほうが先でした。誰とも比べていない状態になると、自分がどのくらいの位置にいるのかがわからなくなります。あれだけ嫌だった採点が、実は自分の居場所を確認する道具にもなっていたことに、そこで気づいたんです。
それでも数日経つと、その不安は落ち着いていきました。位置がわからないのではなく、位置を他人の並びの中で測る必要がなかっただけだと理解できたからです。順位が消えても、自分がやりたいことは消えません。むしろ順位が消えてから、やりたいことのほうがはっきり見えてきました。
面白かったのは、判断が速くなったことです。それまで何かを決めるとき、私は無意識に「他の人はどうしているか」を確認していました。その一手間がなくなっただけで、決めるまでの時間が驚くほど短くなったんです。迷いの正体は、選択肢の多さではなく、他人の基準を毎回確認していたことでした。
なぜ他人の投稿を見続けると、本音が見えなくなるのか
ここは少し深く掘らせてください。自己理解が進まない構造には、いくつかの原因が重なっています。
なぜ他人の情報が本音を上書きしてしまうのか
①人の脳は、繰り返し見たものを「自分の基準」として記憶する。他人の価値観でも、浴び続ければ自分の意見のように感じるようになる
②SNSに流れてくるのは結果だけで、その人が迷った時間は流れてこない。だから比べた瞬間、必ず自分が劣って見える
③焦っている状態では、人は「本当はどうしたいか」ではなく「どれが早いか」で考えはじめる。本音を確かめる前に手が動いてしまう
私には、これを痛感する土台がありました。子どものころ、私は母親の評価を強く意識して育っています。テストでも言動でも、まず母がどう思うかが判断の中心にありました。自分がどうしたいかを考える前に、周囲にどう見えるかで決めるクセが、そこでしっかり身についてしまったんです。
SNSは、その古いクセを毎日呼び起こす装置でした。評価者が母から不特定多数に入れ替わっただけで、自分の外側に判断の中心を置いている構造はまったく同じだったんです。
ややこしいのは、私はずっと自分のことを「他人の目を気にしない人間」だと思っていたことです。会社員時代の私は、スーツ着用が決まりの職場に私服で出勤していました。上司の言うことも聞かず、昇進にも興味がありませんでした。表向きは、周囲の評価をまったく気にしていない人間に見えたと思います。
けれど、いま振り返れば、あれも他人が中心にある状態でした。従うか、逆らうか。どちらも相手を基準にして決めているという点では同じなんです。自分の中心から出てきた判断ではありませんでした。他人軸から抜けるとは、逆らうことではなく、相手を判断材料から外すことだと理解できたのは、ずいぶんあとになってからでした。



言われてみると、私も何かを決めるとき、まず検索して「みんなはどうしているか」を確かめています。あれって、自分で決めていなかったということですよね。
情報を減らすと、思考に「余白」が生まれる
余白という言葉は曖昧に聞こえるかもしれませんが、実際に起きる変化ははっきりしています。私が体感した変化は、大きく三つでした。
この三つは、努力して手に入れたものではありません。ただ入ってくる量を減らしただけです。自己理解は、増やす作業ではなく減らす作業から始まるというのは、私が実際にやってみて初めて腹落ちしたことでした。
とくに二つ目の「感情に気づけるようになる」は、あとから効いてきます。私たちは普段、感じたそばから次の情報を入れてしまうので、自分がいま何を感じたのかを取り逃がしています。嫌だと思った瞬間があっても、三秒後には別の投稿を見ていて、その感覚はもう残っていません。感情は、拾われなければなかったことになるんです。
自己理解が深い人というのは、特別な内面を持っている人ではありません。感じたことをその場で拾って、言葉にする回数が単純に多い人です。回数が多いから、自分の傾向が見えてくる。何度も同じ場面で嫌だと感じていれば、そこに自分の大事にしているものがあるとわかります。
もうひとつ言っておきたいのは、余白ができた瞬間に必ずしも気分がよくなるわけではない、ということです。静かになると、目を逸らしていた不満や焦りも一緒に浮かんできます。ただ、それこそが本音です。見えるようになったからこそ、扱えるようになるんです。
SNSをやめる必要はない。付き合い方を決めればいい
ここまで読んで、「じゃあSNSをやめないといけないのか」と思われたかもしれません。私の答えははっきりノーです。
私自身、いまはSNSを使っています。仕事にも使っていますし、そこから得たものもたくさんあります。変えたのは使うかどうかではなく、自分が決めた時間に、自分の目的で開くようにしたことだけです。開かされているのか、開いているのか。この違いが決定的でした。
情報との距離を設計し直す三つの考え方
①見る時間を決める。「空いた時間に見る」をやめて、「この時間に見る」に変えるだけで、受け身が能動に変わります
②目的を先に決めてから開く。何を知りたいのかを一言で言えないまま開いたときは、ほぼ確実に流されて終わります
③見たあとに一行書く。何を感じたかを自分の言葉で残すと、他人の意見が自分の意見に混ざらなくなります
三つのうちどれか一つでも十分に効きます。大事なのは我慢の量ではなく、判断の中心を自分の側に戻すことだからです。
そもそも「やるかやめるか」で考えると、たいていうまくいきません。完全にやめれば意志が強い、見てしまえば意志が弱い。この採点をしている限り、SNSとの関係は自分を責める材料にしかならないからです。決めるべきは、やめるかどうかではなく、どう使うかという設計のほうです。
実際、目的を持って開いたときのSNSは、まったく別の道具になります。知りたいことがあって開けば、必要な情報を取って閉じられます。何も決めずに開けば、流れてきたものに反応して終わります。同じアプリ、同じ時間でも、開く前に一言決めているかどうかだけで、残るものがここまで変わるんです。



断つことが目的ではありません。自分で決めた形で使えているなら、それはもう振り回されていない状態です。
今日からできる、情報を減らす三つの手順
最後に、実際にやってみるための手順をまとめておきます。難しいことは一つもありません。
この三つを一週間続けると、たいていの人は何かしらの違和感に気づきます。「思ったより見なくても困らなかった」でもいいですし、「見ないと落ち着かない自分がいた」でも構いません。どちらも立派な自己理解です。
途中で見てしまった日があっても、やり直す必要はありません。三日坊主で終わったと落ち込む人が多いのですが、そこで自分を採点し始めたら、また外側の基準に戻ってしまいます。開いた日があった、それだけの事実として置いて、次の日にまた一行書けばいい。続けるコツは、意志を強くすることではなく、失敗という概念を持ち込まないことです。
一週間続けてみて、もし何の変化も感じなかったとしても、それはそれで収穫です。自分にとってSNSは思っていたほど影響が大きくなかった、という発見になります。逆に、たった一週間で頭の中が変わったなら、これまでどれだけ他人の言葉に場所を明け渡していたかがわかります。どちらに転んでも、自分について一つ知ることになるんです。
私がやったことも、結局これだけでした。特別な方法も、強い意志も要りませんでした。情報の入り口を少し狭くしただけで、自分の声は勝手に聞こえるようになるんです。
💬 WAKAの結論
自分を知る作業に、新しい情報はほとんど必要ありません。必要なのは、すでに自分の中にある声が聞こえるくらいの静けさだけです。
最後に、今日から変えられることだけを並べておきます。全部やる必要はありません。
情報との距離、いくつ変えられそうですか?
まとめ:静かにしないと、自分の声は聞こえない
自分が何をしたいのかわからないのは、考える力が足りないからではありません。考える前に、他人の言葉が入りすぎているからです。SNSを見ている時間、私たちは考えているのではなく反応しています。だから入り口を少し狭くする。開く時間を決め、目的を決めてから開き、見たあとに自分の言葉を一行残す。それだけで判断の中心は自分の側に戻ってきます。自己理解は情報を増やすことではなく、静けさを取り戻すことから始まるんです。



私も長いあいだ、外側に答えを探し続けていました。あなたはもっと早く気づけるはずです。まずはアプリを一つ、ホーム画面から外すところから始めてみてください。
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