【一言で言うと】自分軸で生きるとは具体的にどういうことか/他人軸との決定的な違い

自分軸で生きようって言われても、具体的に何をどうすればいいのか、正直よくわからないんです

「自分軸で生きる」という言葉は、便利なわりに中身がほとんど語られていません。自分らしく、自分の気持ちに正直に、周りに流されずに。どれも間違ってはいないのですが、それを聞いて明日から何を変えればいいのか、あなたは具体的に説明できるでしょうか。私はできませんでした。言葉としては知っているのに、いざ何かを選ぶ場面になると、いつのまにか「これを選んだら周りにどう思われるか」から考え始めているんです。

自分軸と他人軸を分けているのは、性格の強さでも自信の量でもありません。決めるときに、どこを起点にしているかという、たった一点だけです。この記事では、自分軸で生きるとは具体的に何をすることなのか、他人軸との決定的な違いはどこにあるのか、そして今日から何を変えれば起点が自分に戻るのかを、私が会社員からペンション経営者になったときに味わった話も交えながら、順番に話していきます。読み終わるころには、抽象的だった言葉が自分の生活の中の具体的な行動に変わっているはずです。

この記事でわかること

  • 自分軸で生きるとは具体的に何をすることなのか
  • 自分軸と他人軸を分けている決定的な一点
  • 判断の起点を自分に戻すための4つのステップ
目次

自分軸で生きるとは「自分で決めて、結果を引き受けること」

まず定義をはっきりさせます。自分軸で生きるとは、好きなことだけやることでも、人の意見を聞かないことでもありません。

自分軸とは?

自分の価値観を判断の起点にして選択し、その結果として起きたことを自分の責任として引き受ける生き方のこと。「何を選ぶか」よりも「誰の基準で選び、誰が引き受けるか」で決まる。

ここで大事なのは後半です。自分軸というと「自分で決める」の部分ばかり注目されますが、決めるだけなら誰でもできます。本当に効いてくるのは、その結果を人のせいにせず自分で引き受けられるかどうかの方なんです。

わがままとの違いもここにあります。わがままな人は、決めるところまでは自分でやります。ところが結果が悪くなった瞬間、環境や他人のせいにする。自分軸で生きている人は、決めたことがうまくいかなくても「自分がそう選んだ」という事実から逃げません。だから次の判断が変わっていきます。

逆に言えば、他人軸で生きている人がいちばん失っているのは、自由ではありません。改善する力です。人に言われて選んだことは、失敗しても自分の中に材料が残らないんです。「あの人がああ言ったから」で終わってしまうと、その経験から学べることがゼロになります。同じ失敗をしても、片方は次に活きて、もう片方は何も残らない。この差が10年積み重なったときの開きは、想像以上に大きくなります。

もうひとつ、誤解されやすいことを言っておきます。自分軸で生きるというのは、人と違う道を選ぶことではありません。周りと同じ選択をしていても、それを自分の基準で選んでいるなら、それは立派に自分軸です。逆に、周りと違うことをやっていても、「人と同じは嫌だ」という理由だけで選んでいるなら、基準はやはり外側にあります。目立つかどうかは何の判定材料にもならないんです。

会社員からペンション経営者になって知った「自分で決める」の重さ

私は約11年勤めた某鉄道会社を辞めて、フレンチレストランでの修行を経たあと、岐阜の山奥でペンションを経営することになりました。奥さんの実家が跡取りのいないペンションをやっていて、話し合いの末に継ぐことを決めたんです。

会社員時代の私は、自分では自分軸で生きているつもりでいました。スーツ着用が決まっている職場に私服で出勤して、上司の言うことも素直には聞かない。昇進にもまったく興味がありませんでした。それを「周りに流されていない証拠だ」と思っていたんです。

📝 WAKAの体験談

ペンションを始めて、その思い込みは一週間で崩れました。何時に開けるか、いくらで泊めるか、何を出すか、繁忙期にどこまで受けるか。全部こちらが決めるんです。誰も決めてくれないし、誰も間違いを指摘してくれません。会社員のときは、上司に反発しながらも、実は「決めてくれる人がいる」という前提の上に立っていました。反発するというのは、決めた誰かがいて初めて成立する態度なんです。決める人がいなくなった瞬間、私は自分がいかに何も決めてこなかったかを知りました。

このときはっきりわかったことがあります。ルールに逆らうことと、自分で決めることは、まったく別物だということです。反発は他人軸の一種でしかない。基準が相手側にあって、それに逆向きに反応しているだけだからです。相手がルールを変えたら、私の行動も変わってしまう。それは自分で決めているとは言えません。

もっと言えば、あのころの私は決めることの怖さを一度も味わっていませんでした。反対されるのは怖くなかったんです。怖いのは、反対する相手すらいない状態で、自分の判断ひとつで人の休日が台無しになったり、その月の売上が消えたりすることでした。自由の正体は、選べることではなく、引き受ける相手が自分しかいないことだと知ったのはこのときです。

逆らっているうちは、まだ相手の土俵に立っています。自分軸というのは、相手のことをいったん忘れて決められる状態のことなんです

他人軸で生きている人が無意識にやっている3つのこと

他人軸というのは、「人の言いなりになること」だと思われがちですが、実際はもっと静かで、もっと気づきにくい形で表れます。

なぜ自分軸だと思っていても他人軸になっているのか

①決める前に「反応の予測」をしている:選ぶ内容より先に、家族や同僚がどう思うかを頭の中で計算している

②迷ったときに答えを外に探す:本や動画、うまくいっている人のやり方を見に行き、自分の中を見ない

③うまくいかないと理由を外に置く:時期が悪かった、環境がよくなかった、あの人がああ言ったから

特に厄介なのが①です。予測している時点では、まだ何も選んでいません。それなのに、頭の中では相手の顔がいちばん大きく映っている。この状態で出した答えは、たとえ最終的に自分の望んだ選択と一致していても、起点は自分ではなく相手側にあります。

②も見落とされがちです。迷ったときに本を読んだり人に相談したりするのは、それ自体はいいことです。問題は、探しに行く前に自分の中を一度も見ていない場合です。自分がどうしたいかを言葉にする前に外の答えを入れてしまうと、その答えが正しく見えてしまいます。比べる基準が自分の中にないからです。

私自身、母親の評価を強く意識して育ちました。テストも成績も言動も、まず母がどう反応するかが基準でした。大手の会社に入ったのも、母に「大きな会社に入りなさい」と言われたことが影響しています。悪い母親だったわけではありません。ただ、判断の起点が長いあいだ自分の外側にあったという事実は残ります。そしてこういう癖は、大人になっても相手を変えて残り続けます。母が上司になり、上司が世間になるだけで、「まず誰かの反応を想像してから決める」という順番だけがそのまま生き残るんです。

言われてみると、私も何かを決める前に、まず親や上司の顔が浮かんでいる気がします……

自分軸と他人軸の決定的な違いは「判断の起点」にある

ここまでで見えてきたと思いますが、両者を分けているのは行動の中身ではありません。同じ選択をしていても、起点がどちらにあるかで結果はまったく変わります。

他人軸

起点が外側にある。「どう思われるか」から考える。うまくいかないと理由も外に置くので、経験が自分の中に残らず、同じ迷いを何年も繰り返す

自分軸

起点が内側にある。「自分はどうしたいか」から考える。結果を引き受けるので材料が手元に残り、次の判断の精度が上がっていく

同じ会社に勤め続けるという選択でも、「辞めたら周りに何て言われるか」で残っている人と、「今はここで力をつけると自分で決めた」で残っている人では、5年後がまったく違います。表面上は同じ行動なのにです。

違いが出るのは、うまくいかなかったときです。前者は不満だけが溜まっていきます。後者は「この判断は違ったな」と修正できる。自分軸の本当の価値は、選択の正しさではなく、修正できることにあるんです。

そしてもうひとつ、起点の違いは時間の使い方にも出ます。他人軸の人は、決めるまでに時間をかけて、決めたあとの行動が薄くなります。決める前に何度も周りの反応をシミュレーションするからです。自分軸の人はその逆で、決めるのは早く、決めたあとに時間を使います。基準がはっきりしているから迷う時間が短くて済むんです。決断が遅い人は優柔不断なのではなく、多くの場合、判断基準を持っていないだけだと私は思っています。

覚えておいてほしいこと

自分軸か他人軸かは、何を選んだかでは判定できません。判定できるのは、その選択を誰の基準で決めて、誰が引き受けているかだけです。

自分軸で生きるとは、具体的にこの3つができている状態

抽象的な話が続いたので、ここからは具体に落とします。自分軸で生きている状態というのは、次の3つができている状態のことです。

1
自分の判断基準を言葉にできる
何を大事にして、何を大事にしないかを、人に説明できるレベルで持っている。持っていない人は毎回ゼロから迷う
2
反対されても選択を保持できる
賛成が得られなくても決めたことを変えない。相手の意見は聞くが、決定権は自分に置いたままにしている
3
結果を自分の材料にできる
うまくいってもいかなくても「自分がこう決めたからこうなった」と振り返り、次に反映させている

このうち、いちばん先に手をつけるべきなのは1つ目です。判断基準が言葉になっていないと、2つ目も3つ目も成り立ちません。基準がない状態で反対されれば、揺れるのは当たり前なんです。意志が弱いからではなく、比べるものを持っていないから揺れる。ここを取り違えて「自分は芯がない人間だ」と結論づけてしまう人が本当に多いのですが、足りないのは芯ではなく言葉です。

2つ目については、ひとつ補足しておきます。選択を保持するというのは、意見を変えないことではありません。相手の話を聞いて「たしかにそうだ」と思ったなら、変えていいんです。変えてはいけないのは、納得していないのに空気を読んで変えることの方です。この2つは外から見ると同じですが、中身はまったく違います。

そして意外に思われるかもしれませんが、自分軸の人ほど人の話をよく聞きます。基準が自分の中にあるから、聞いても揺さぶられないからです。逆に他人軸の人ほど、人の意見を聞くのを怖がります。聞いたら流されてしまうことを、本人がいちばんよく知っているからです。

判断の起点を自分に戻す4つのステップ

では、どうすれば起点が自分に戻るのか。順番があります。この順番を飛ばすと、たいてい途中で止まります。

01
基準を書き出す自分が大事にしたいこと・絶対に避けたいことを紙に10個書く。頭の中だけで持たない
↓
02
小さな判断で練習する昼食・休日の使い方など、失敗しても痛くない場面で「自分はどうしたいか」から先に決める
↓
03
反応の予測を後回しにする決めてから「周りにどう説明するか」を考える。順番を逆にしない
↓
04
結果を1行で振り返る自分で決めたことの結果を記録し、次の判断に反映させる

02が肝心です。いきなり転職や独立のような大きな判断で自分軸をやろうとすると、ほぼ失敗します。筋力がついていない状態で重いものを持ち上げるのと同じだからです。私も、ペンションを継ぐという大きな決断ができたのは、その前に会社員4年目でモード学園の夜間部に通うという、誰にも頼まれていない選択を一度やっていたからでした。

起点を戻すために今日からできること

①今日の判断を1つだけ「自分はどうしたいか」から決める

②決めたあとで、周りへの説明を考える(順番を必ずこの向きにする)

③夜に1行、なぜそう決めたかを書き残す

順番を守るだけで、判断のスピードも変わります。予測から入ると人は動けなくなりますが、決めてから調整する形にすると、意外なほどすんなり進むんです。実際、周りは私たちが思っているほど他人の選択に関心を持っていません。予測の段階で膨らませていた反対の声は、動いてみると半分も出てこないのが普通です。

04を軽く見ないでください。決めっぱなしにすると、自分で決めたという感覚がそのうち薄れていきます。1行でいいので「なぜそう決めたか」を残しておくと、あとで迷ったときに戻る場所になります。私にとってのそれが、日々の記録でした。書いてあるから、揺れたときにあのとき自分は何を基準にしたのかを思い出せるんです。

大きいことから始めなくていいんです。今日の昼をどこで食べるかを自分で決めるところからで十分です

自分軸で生きると必ずぶつかる壁と、その越え方

正直に言っておきます。起点を自分に戻すと、一時的に居心地が悪くなります。

いちばん大きいのは、誰も評価してくれない期間が来ることです。他人軸で生きているあいだは、期待に応えれば必ず反応が返ってきました。褒められる、認められる、少なくとも「ちゃんとやっている人」として扱われる。それがあるから続けられていた部分は、正直に認めた方がいいと思います。自分軸に切り替えると、その反応がぱたりと止まります。

📝 WAKAの体験談

副業としてブログとYouTubeを始めたころが、まさにそれでした。誰にも頼まれていないことを、誰にも褒められないままやり続ける。会社員時代は、仕事をすれば少なくとも誰かが見ていました。ところが自分で決めて始めたことには、最初の数か月、反応というものが一切ありません。数字も動かない。正直、何度も「これ意味あるのかな」と思いました。あのとき私を止めなかったのは、誰かの評価ではなく、「自分で決めて始めた」という事実だけでした。人に言われて始めていたら、間違いなくやめていたと思います。

この期間を越えられるかどうかが分かれ目になります。他人軸の人は、反応がないと続ける理由を失います。理由が外側にあったからです。自分で決めた人は、反応がなくても理由が自分の中に残っているので、細くても続けられます。

⚠️ 注意してほしいこと

自分軸に切り替えた直後、人間関係が少し軽くなったり、離れていく人が出てくることがあります。これは失敗ではありません。相手の期待に応えることで成立していた関係が、そうでない形に組み替わっているだけです。焦って元に戻さないでください。

それと、自分軸で生きることを「一度決めたら二度と変えない生き方」だと思わない方がいいです。私も会社を辞めるまでに11年かかっていますし、モード学園に4年通って結局転職はしていません。傍から見れば遠回りだらけです。それでも動けたのは、少しずつ判断の起点を自分側に移していったからでした。一気に切り替えようとする必要はありません。

立ち止まっても構いません。諦めさえしなければ、また動き出せます。大事なのは、動き出すときに誰の判断で動くかを自分に戻しておくことです。

起点を自分に戻す、いくつできそうですか?

□ 大事にしたいこと・避けたいことを10個書き出した → 頭の中に置かない
□ 今日の小さな判断を1つ自分で決めた → 昼食レベルで十分
□ 決めてから周りへの説明を考えた → 順番を逆にしない
□ なぜそう決めたかを1行残した → 次の判断の材料になる

まとめ:自分軸とは、決めて引き受けると決めること

自分軸で生きるとは、好きに生きることではありません。自分の基準で決めて、その結果を自分で引き受けることです。他人軸との違いは行動の中身ではなく、判断の起点がどちらにあるかという一点だけ。起点が外側にあると、うまくいかなかったときに材料が自分の中に残らず、同じ迷いを何年も繰り返します。反発することも他人軸の一種です。基準はまだ相手側にあるからです。まずは今日の小さな判断を1つ、自分の希望から決めてみてください。順番を変えるだけで、起点は戻り始めます。

自分で決めた道は、間違えても前に進みます。人に決めてもらった道は、正しくてもその場に残ります。

今日の判断を1つだけ、自分に戻してみてください。それが自分軸の最初の一歩です

自分の基準で決められるようになる思考を、もっと深く

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